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May 29, 2005

Human Behaviour

江戸アケミみたいなヒステリックなボーカルとツインドラム&ギターという構成の異色のトリオ、zOoOoOm 久しぶりの連休だったので、下にも載せた"Human Behaviour"というキャンプインパーティに行ってきた。平谷村は地図では名古屋からは80kmちょっとで、町田から山中湖の感覚で行けると思っていたが、想像以上に遠く、結局2時間もかかってしまった。実は当初ツーリングも兼ねて自転車で行こうと思っていたが、チャリだったら本気で凍え死んでいたかも知れない。

アンフォゲッタブル・ファイヤー イベントのほうはといえば、友人や彼女などと一緒に来ている人たちが大部分で、ひとりで来ているのはわたしぐらいなもの。ライヴはともかくとして、それ以外の待ち時間がとにかく手持ちぶさたで、酒を飲むかメシを食うかしかやることがない。さらに夜になると猛烈に寒く(5枚着込んでも寒い!)、酒さえ飲めなくなってきたので途中で帰ろうかと何度も思ったが、ここで帰ってしまっては滅多に来られないこのようなイベントに来た意味が半減してしまうと思い、意地で耐えて眠らずに外で夜を明かした。次回行くとしたら一緒に参加してくれる人を探してから行こうと強く思うのだった。

キャンプサイト。会場はスキー場なので、ミニ苗場といった風情 目当てはMELTONEとDACHAMBOというグルーヴ系ロック?だったが、DACHAMBOが特に素晴らしかった。FUJIにも来るらしく、これまた楽しみ。

 また他のバンド・DJも個性的でなかなかえがった。ただステージのセットの合間に入るDJが後半ハードハウス一辺倒で年寄りには正直辛い。ともあれ、しかたなった事情がいろいろあるにせよ、オールナイトを見事耐え抜いたことは画期的だ。この勢いでFUJIも3日間ダンシング・オールナイトを目指す。

 帰りは道の途中にある映画館に寄ってZガンダムの映画を見てしまった。アニメ映画を見ながらGacktの歌に聴き入るという"Behaviour"。昨日の夜とのギャップが激しすぎて、なんだか可笑しい。

 あと『電車男』の予告編を見たが、あんなカッコイイ「オタク」は見たことがないぞ!

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May 26, 2005

うおりやああ!!

 と気合いのひとつでも入れないと書く気にならないので、(心の中で)吠えてみた。ところで、このココログ深夜の時間体になると猛烈に重くなる。人がせっかく吠えてまでしてヤル気を起こしたというのに、それをあざ笑うかのような重さ!!そして、反応の鈍さよ。

 月末になると必ず口をつくのが「カネがない」。お給料も上げてもらってルンルン気分のはずが、自転車を買ったおかげで例月のごとく生活が苦しく、飲みたいビールも我慢して白米にふりかけという定番メニューのお弁当で過ごしている。

 自転車通勤のために荷物を背負うと、お弁当を縦にして入れなければならない。わずか10分足らずの通勤時間とはいえ、自転車の微振動でこれでもかと重力に押しつぶされる白米はひとたまりもなく、朝お弁当箱に盛った量と比べて容積は半分足らずになってしまったご飯がかわいそう……。無惨。哀れ。盛ったときはあんなにキラキラ光り輝いていたヒトメボレ(米の銘柄)たちが、ネタの載っていない巨大な押し寿司のように、見事な直方体と化しているのだ!!

 とはいうものの、メシなんて食えれば何でもいいので、それはそれで構わないのだが、来月こそは昇給分のリッチな食生活が送れることを夢に見つつ、眠ることにしよう。

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May 19, 2005

野球犬

(1)
s-01030064表題の件。広島カープのベースボールドッグ、ミッキーくんがおそろしく可愛い。実家の愛犬ラグ(写真参照)にそっくりだが、年中興奮ばかりしているラグよりもかなり賢そう。1997年生まれで、同じ年齢だというのに。

 ミッキーくんは審判にボールを渡すのが役目。いちおうラグもボールをくわえて持ってくる(レトリバーは「持ってくる」という意味の"retrieve"から来ている)のだが、独占欲が強く、くわえて持ってくるまではするが人にボールを渡そうとしない。実に性格が悪い。野球犬失格。でもどんなイヌであれ、愛犬は我が子のように可愛いものである。

 ちなみにミッキーくんの次回の出番は明後日21日の楽天戦だそうだ。


(2)
 Human Behaviorが平谷村に場所を移して2年ぶりに開催される。おととし足を運んだ時は、例によってどしゃ降りで音楽どころではなかった(人もぜんぜん来なかった)ので、イベントとして消え去ってしまったかと半分あきらめていたが、復活してくれたのでよかった。ロクに商売にもならないイベントを熱意を持ってオーガナイズするteam Dogmaの皆さんは偉い。

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May 18, 2005

世の中うまくできている

(1)
 なんだかんだ言ってmixiなるものに入ってしまった。すでに1月ほど経っている。結局あちらはプロフィールを載せているだけで、その内容もホームページと全く同じというお粗末なもので、日記はここで書いたものがRSSで向こうにリンクが貼られているだけ。でも毎日アクセスしてしまう。当面はこの形態でいくつもり。

 と言っても、あちらに何も書かないのはなんかもったいない気もしたので、「おすすめレビュー」を書こうとした。しかし、反面教師として学んでもらおうと、すごくまずい「納豆チャーハン」のレシピとレビューを書こうとしたが、登録できなかったので憤慨した。あらかじめ書くものは用意されていて、自分でじゃ新しく登録できないのだ。

 「おすすめレビュー」の対象は、つまりは「商品」でなければならないわけだ。レビューを読んで感心した読者が「ふ~ん、そんなに良いんだ、じゃあ買ってみよう」と思ったとき、ジャケット写真をクリックすると、Amazonへジャンプしてお買いあげ、と相成るわけだ。ここでワンクリックいくらか、あるいはCD売り上げの数パーセントがmixiの懐に入って、よりサービス充実の資金の一部に充てられるのだろう。なかなかうまい仕組みだ。

 だから、ここでまずい「納豆チャーハン」のレビューをしたところで、運営者がわの利益にはならない。悪貨は良貨を駆逐するのだから、そんな役立たずのレビューばかり増えてしまうと、だれもまじめにレビューしようとは思わなくなるはずだから。

 商品のレビューを記入するページには「よく知らない商品についてレビューを書くのは、あなたの信用を低下させることになりますのでお控えください」という注意書きがある。知ったかはするな、というこの警告は、同時に文句だけの無責任な書き込みを防ぐためでもある。

 納豆チャーハンはおろか、なぜかビールや発泡酒も登録されていないので、しかたなくあきらめた。そういうわけで、結局あちらには何も書いていないよ、というオチです。

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May 15, 2005

ドッグ・イヤー

 ノート用のパーツがここ1年でだいぶ安くなっている。2.5インチハードディスクは80ギガでも1万円そこそこ、DVDが書き込める薄型マルチドライブも1万円ちょっとと、このノートを買ったときからは考えられないくらいにパーツが安くなっている。欲しい。

 いま使っているノートパソコン(シャープのメビウス)を購入してからすでに3年半が経った。このマシンはノートとしては望外に改造しやくできており、メモリは当然のこと、CPUやハードディスクは「どうぞ交換してください」と言わんばかりにドライバ1本でカバーをはずせる仕様になっている。しかも、ほぼ毎日持ち歩いてトラブルフリーという頑丈さもありがたい。

 OSはMeからXPへ、メモリを384MBに増やし、ハードディスクも20ギガから40ギガへ、CUPはDuronの800MHzからAthlon 4の1.1GHzにと、少しずつ改造を重ねてきたが、ここ最近はさすがに基本性能の古さを感じるようになってきた。

 会社のメインマシンが最新スペックのマシンになり、これが気持ちいいくらいにサクサク動作するので、これと比べるとノートの方はどうししてもレスポンスに不満を感じてしまうのだ。

 webを見たり、こうやってテキストを書いたりするする分には何の不満もないのだが、でかい画像をいじるときや動画を見るときなどは、メモリ不足とハードディスクのアクセスの遅さを痛感する。そろそろ次期ノートの購入を考えたいところだが、上にも述べたように、このところのパーツ価格の安さは、買い替えを検討し直す十分な理由になる。とはいっても、基本性能の古さはいかんともしがたい。内蔵ドライブは単なるCD-ROMドライブ、画面は12.1インチと小さいし、USBは1.1だし、2.0用のPCカードアダプタはあるが、肝心のPCカードスロット自体が不安定で出し入れは電源を切らねばならんので、USBの便利さは半減してしまっている。またメモリは増やしたいが、144pinのSO DIMMの出物(とくに512MB)はだいぶ少なくなってきていて、価格が高いのも難点だ。

 ここでの投資は我慢して、年末をメドに新ノートを手に入れるというのがベストか。でもメモリだけは何とかしたいが……。人によってはとてもマニアックな話だ。

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May 12, 2005

「魔が差した」

 TBSのデスクが読売新聞や朝日新聞から記事を盗用したというニュースがでている


 ここの部長は思わず「魔が差して」やってしまったそうだが、どんな「魔」が差したらここまであからさまなパクリができるのか聞いてみたい。ネットの記事をパクったらさすがにバレるが、新聞からなら大丈夫だろうということで使ってしまったのかもしれない。

 だがこれはけっこう微妙な問題ではある。何をもって「盗用」とするか、その境界線は実はけっこうあいまいなのではないか。たとえば、おそらくどんなデスクや編集者、ライターも、ネタ探しは必ず他の媒体(ネット、雑誌、新聞)を調べることから始める。表現や文章をそっくり真似ることは当然ありえない、と言うかしてはいけないことだが、テーマやアイディアを拝借することは良くある(もちろん切り口は変えるが)。

 アサヒ・コムの記事によれば、新聞の特集記事から「盗用」したとあるが、文章をそっくりそのまま流用したのか、あるいは「てにをは」を変えた程度なのか、企画の切り口をパクったのか、あるいは似たようなテーマを採用しただけなのか、その内容がわからない。TBSのホームページを見ても現時点(5月12日午前2時)ではこの件について何にも書かれていないし、「盗用した」という話だけが一人歩きして、わたしたちはその中身について全く知らされていない。

 だが、いわゆる「パクリ」はどこにでも見かけるものだ。たとえばクルマ。国産車の中には、どうみても某外国車のデザインを意識したと思しきものが多数あるし、すぐ近くの某国では逆にほとんど詐欺まがいの日本車コピーまで存在している。確信的にやっている分だけ、こちらの方がある意味悪質であるのに、おとがめを受けることは非常に少ない。メディアやアカデミズムの人たちは良識が身に付いている分、この点で損しているのかも知れない。

 とはいうものの、仕事でもこのホームページでも、他人の文章を自分のものと偽るということは、自分の創造力の欠如を肯定することになるわけで、そういう自分に対する自信というか(良い意味での)矜持がなくなると、こういう安易な方向に流されてしまうのだろう。書いているうちになんだかよく分からなくなってしまった。

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May 10, 2005

あなおそろしや

 街でタムロしている中高生が怖い。クルマ通勤をやめ、歩きや自転車で会社に通うようになってからというもの、中高生を見るたびに「オヤジ狩りにあったらどうしよう」などという恐怖心に駆られてしまう。ここ最近だんだん暖かくなってきたので、週末には通勤路の途中にある川沿いの公園におおぜいのヤングが集結していることが多い。その集団のそばを通るたびに、襲われやしないかとビクビクしている。

 とはいうものの、名古屋の少年少女に何らかの嫌がらせをさせられたことは一度たりともない。強いて言えば飲み会の帰りにふらふら歩いて帰っていたら2人乗りの自転車にひかれそうになり「どけ、オヤジ!!」と怒鳴られた程度だ(このわたしが「オヤジ」呼ばわりされるとは!!!)。しかも、日本で一番治安が悪いとされる町田に住んでいたときは何の恐怖も感じることなく、のうのうと平和を享受していたのだ。

 いまごろになって若者が怖くなったというのは、歳をとったせいもあろうが(オヤジ呼ばわりしてきた若者は夢にも出てきた)、実はコトバの問題が大きいのではないかと思うようになった。仕事柄、生の名古屋弁に接することはあまりないのだが、社会に出ていない彼(女)らは、土着の言語(方言ともいう)と最新のイントネーションを見事にミックスさせた独特の言葉遣いをするのだ。聞き慣れている大阪弁や東京弁とも違う、尾張名古屋の言語感覚が、また違った迫力を醸し出しているような気がする。たとえるなら、突然キレた外国人にまくしてたてられるような、とまどいと意味不明さが入り交じった感覚に似ているかも知れない。

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May 05, 2005

飲んだ

(1)
 「発泡酒飲み比べ!」を久しぶりに更新。いやーたくさん飲みました。ディスクガイド・ガイドはなかなか手が着かず。地味に資料集め中。

(2)
 新聞もテレビもありとあらゆるメディアがJR西たたきに躍起。ただ、被害者の心情を逆なでするためだけの報道姿勢は、ちょっと悪のりの度が過ぎるようにも思える。

 オーバーランなんで日常茶飯事なのに、いちいち大々的に取り上げる。社員が現場に居合わせて、救助せずに出社したというだけで「人間じゃない」という扱いまでされるというのもすごい。「情実に行動様式が左右されるのは前近代的、倫理よりも規律の方が勝るのが近代的な行動様式である」ととある学者が言っていたが、「規律を最優先する」という意味では、このJR西社員ははすぐれて近代的な行動をとったと言える(だからといってその行動が正しいかどうかは別の問題だ)。

 たとえば軍隊はいわば人を殺すための組織だが、軍に所属することは「人間じゃない」とは言われない。進んで人を殺すことに従事しているのに。中東の某国で凶悪なテロリストを殲滅することは全くの正義なのだ。他方で前出の駅員は規律に従って「人助け」をしなかったことが非難されてしまってるわけだ。どこかしら倫理としてのねじれを感じずにはいられない。

 JR西の件に関して言えば、この「叩かれまくり」という世論が支配的になればなるほど、JR西の内部で同情的な雰囲気が助長されてしまうことのほうが問題だ。たいていの場合、同情は反省を生まない。

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May 02, 2005

真夜中の

(1)
 仕事にかこつけて帰省。今年で95になる祖母は完全に寝たきりになっていた。今年70になる父がおかゆをスプーンであげていた。正月に帰ったときはまともな会話ができていたのに、もう問いかけにも答えられない。人間95年も生きればイヤでもああなる(もしくは死んでいる)。とはいうものの、お腹がすいたときや、排泄の欲求は何らかのカタチでアピールする。たとえ人間として話ができない状態であっても、「生きる」ことへの執着というか本能は依然として残っているわけで、衰えよりもそのたくましさに思わず感動してしまった。この状況にあってもなお祖母には長く生きて欲しいと願うばかりだ。

(2)
 愛犬ラグは冬に見たときよりちょっと太っていた。春のせいかちょっと興奮気味で、わたしの脚にしがみついては腰をヘコヘコやっていた。うざったいので無碍にふりほどいてしまったが……。だが、せっかくオスとして生まれてきたのに、子孫を残すことなくこの世を去るのだろうとおもうとちょっとかわいそうだった。こんどラグが腰をヘコヘコしてきたときは、思う存分やらせてあげようと思う。

(3)
『真夜中のヤジサンキタサン』(字を忘れた)のメイキングビデオを見た。本編は見ていないのだけど。向井秀徳がいっぱい出てきてしゃべっていた。ライブの時だけでなく、ふだんからあんなブッキラボーなしゃべり方なんだ~、やはり九州男児は他の奴らとは違うぜ、と妙な納得をした。しりあがり寿は楳図かずおのような容貌を想像していたが、仮屋崎(字はこれで良いのだろうか)さんを思いっきり地味にした感じで、とても物静かな人で、宮藤勘九郎監督をとてもほめていた。

 原作があって映画化するものは、たいていあまり評判が良くないのが常だが、原作者自ら褒めちぎるというのはめずらしいかも知れない。

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