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April 28, 2010

In Toilet

パートナーが買ってきた女性誌『InRed』(宝島社)がトイレに置いてあった。用を足しながら手に取ってみると、ずっしりと重みがある。ページ数を見るとなんとほとんどカラーで350ページ超!しかもZuccaのショッピングバッグ付き。これで700円ちょっととは驚き。

中身を見てみると、ファッション誌と言うよりも通販本を読んでいるような感覚。ひたすらに商品情報が羅列されているが、そのなかでも読者層世代(20代後半〜30代女性)のインフルエンサー(りょう/篠原涼子/永作博美など)のコラムやインタビュー記事を交えていて、単なるカタログ本とは一線を画す。

iPadの登場で紙媒体の自己変革は遠からず強いられるだろうが、存亡の危機に立たされている出版社は出版社で既存の枠組みの中でしぶとく生き残るための術を必至に探している。そして、そうした努力がどこかで実を結んでとんでもないビジネスモデルも生み出す可能性もあるだろう。

ネット媒体だからと言ってネットシフトの潮流に安易に安住していてはいつかは足もとををすくわれる。そんなことをトイレで必至に踏ん張りながら考えていた。

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Ustream Shockに“YouはShock”

あまりにもダサすぎる記事タイトルですんません。

Ustreamのデリック・メイの生DJには本気でしびれた。ストリーミングのネット中継はこれまでもたくさん見てきたけれど、画質・音質は悪いし音は途切れるしで、テレビやラジオの劣化版というイメージが強かったのだが、このイベントで完全に考えがあらたまった。

なんでDJのライブプレイに惹かれたのか。それはマーケットに起因するところが大きいだろう。デリック・メイと聞いて実際にクラブに足を運ぶ人達は、まぎれもなくコア中のコアにすぎない。でも、たとえ惹かれても足を運ぶにはいたらない人は何千人・何万人といる。自分も含めて。すくなくともネットのリテラシーを持つ人に限られるUstreamで、1万人のオーディエンスを獲得できたのだから、その影響力はたいしたものだ。

加えて、たんなる生中継の域を超えて、テレビ的あるいはラジオ的規格を超えた演出がよかった。映像の演出がまさにクラブのそれで、一度でも大音響と闇と光と喋り声が入り交じる閉じた空間に過ごした体験がある人なら、あたかも自分がその場にいるような感覚へとたやすくトリップできる。今回はVJがいたわけではないようだけれど、それっぽいAR的な演出がやりやすいテクノ/ハウスはUstreamとじつに親和性が高いように感じた。

てなわけで、個人的にはネット業界を揺るがしたモバゲーとYahoo!との提携ニュースよりも数十倍はインパクトが強かったこのイベント。ageHaやELEVENといった知名度の高い(でもちょっと敷居の高い)クラブはぜったい連携すべきだろう。この手の仕事にはいちど関わってみたいとは思うけど、自分の専門領域とはちょっと遠すぎるなあ。

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April 24, 2010

mixi

諸事情あってmixiをやめた4年前。登録制になったのを機に、ひと月くらい前に登録して、いまあらためてログインしようと思ったら、あれ?ログインできない。

どうやら30日経ってもマイミク0人の人はアカウントが自動的に消されるという。Facebookは自分からアカウント消しても復活できるというのに(かの国では個人情報保護法はどうなっているのか知らんが)。

もうネットサービスは囲い込む時代じゃない。twitterにGoogleにFacebookにtumblrとAPIを公開して敢えてサイト連携を推し進めながら、自社独自のサービスを投入していく。そこでどう個性を発揮させるかだ。…とこう書いて、いまさらあまりにも当然すぎる結論に自分の発想の貧困ぶりを痛感。

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April 23, 2010

Gainerian

Imgp62291読みは「ゲイナリアン」。意味は、男性ホワイトカラー向け『Gainer』愛読者を指す。ちなみに自分は、服の参考と言うよりも、エンターテインメントとして買っている。この本のセンスを買っているという点で、自分はGainerianと言える。

玉木宏が表紙の5月号はひさびさの傑作。特に「スーツがカッコいい瞬間 PLAYBACK」が面白い。“スーツを着用する男性に、どういう場面で惹かれるか”というのを女性の視点からピックアップしたもの。「スーツでモテたいアナタは必読ですぞ」(41ページ)にあるように、男性の下心をくすぐりまくりのベタな企画。

例を挙げると、「動きながらジャケットを羽織っている」「脱いだジャケットを無造作に持つ」「スーツの袖をあげて時計を見る」「ジャケットを男らしく脱いで胸元が見える」とかだそうで、写真のキャプションには「シャツに浮かび上がる男らしい胸の筋肉をさりげなくアピール」と書かれている。

ここで強調されているのは、「男らしさ」「ワイルド」「アクティブ」。そしてそれらは、これ見よがしでなくあくまでも“さりげなく”でなければならない。

一見、ほんとうにバカらしいし、旧来のステレオタイプな価値観を押しつけられているような気もするが、女性の声と称するコメントと共に大げさに紹介されると、読んでいるうちになんとなく“そうかも”と思ってしまい、思わず意味もなくジャケットを脱ぎながら(贅肉という名の)“男らしい”胸の筋肉をアピールしてしまいたくなる。とはいうものの、しょせんは思うにとどまるだけで、じっさいにはやることはないけれど。

おそらくつくった側も、多少は楽しんで作ったんだろうと思う。そういうお遊びというかエンターテインメントの要素は大事。堅物な記事ばかりじゃつまらない。そういうことができる職場はいい。

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April 21, 2010

正体不明

取材にもっていく機材がだんだん増えている。PCとカメラと交換レンズだけでは済まなくなってきた。ここ数日はストロボやら三脚やら、ビデオカメラやらはたまた提案資料も持ち出すことがあったりして、ひたすら荷物が重い。いったい「この人の仕事なに?」と思われそうな格好だ。そして混み合った電車の中ではとてもしんどい。

センスも技術もない人間はこうして道具の力に頼らざるを得ないわけだが、ま、道具をもたないよりはマシ。もっとも専門家に頼んだ方が出来ははるかに良い。…ただし他人に頼むとカネがかかる。カネをかけたくないから自分でやる。この状態がそれほど長く続くとも思えないし。iPadとかも買ったら持ち歩いちゃうんだろうな、もちろんMacBookといっしょに。

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April 19, 2010

NITE TRIP on TOKYO

Imgk90422久しぶりの『remix』。2010年春号、特集名は“NITE TRIP on TOKYO”。

自分はクラブに足を運ぶことなんて、いまではほとんどなくなってしまったけれど、ライブついでに酔ったりすることはごくたまーにある。あと、野外フェスなどのオールナイトパーティなどは大好き。そういった事情があって、クラブカルチャーを育ててきた先達たちの“生”の声は気になっていた。

まず、“クラブ”という言葉が生まれた背景について。それは銀座の「高級クラブ」の発想と案外近い。つまり、DJによるダンスミュージックのプレイをベースにしながら、より“社交”を目的としたバー形式のカウンターをおいた空間を指す。ニューヨークの「ネルズ」や「ガラージュ」といったハコに由来する。

翻って日本。本書では70年代のMUGEN、BYBLOS、TSUBAKI HOUSEといった、もはや伝説と化したクラブから、ageHaやELEVENといった最新のハコまで、東京のクラブシーンを時系列で追う。70年代の「どこまでも自由だけど、だれもが音楽に飢えていた」という雰囲気は新宿の「風都市」にも似ているかな。

また、日本において(ディスコではなく)“クラブ”のカルチャーを根付かせたキーパーソンたちによる座談はとても読み応えがある。みなもう40-50代なんだけどね…。以下、気になった部分を引用。

工藤晴康 あとはヘッドフォンで音楽を聴いている最近のリスナーを、いかにそれを外させて現場に引き込むか、というところですか。
前薗勝次 そうだね。ヘッドフォンだと音楽は聴くものだけど、クラブの音は浴びるものだからね。(26ページ)

吉田利信 一見無駄なことというか、手間のかかること、こだわることから上質なホスピタリティが生まれるということは、次の世代にちゃんと伝えないといけない。(27ページ)

工藤晴康 音楽をただかけているだけじゃなくて、みなさんそうやって目指す空間を作るためにいろいろなことをしていたんですよね。ただ、最近はそういう意識がちょっと薄れてきている気がしますねぇ。
有泉正明 ちょっとお店側が自信をなくしちゃっている現状があるのかもしれないですね。(中略)ひとつひとつ手作り感のあるパーティがあって、みんなが非日常の世界に身を投じて、覚醒されるような夜が……。(28ページ)

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April 18, 2010

日本実業出版社『なぜ、「できる人」は「できる人」を育てられないのか?』吉田典生

Imgk90131「仕事のできる人」は、たいてい人を育てることが下手だと思う。本書でいう仕事の“できる”人とは、「自分の力で、求められている自分の役割に応えることが“できる”」(17ページ)人のことだ。

この定義で言えば、自分はとてもじゃないが“できる”人間ではない。しかし、というかそれ故に“できない人”の気持ちは共感できる。

基本的に「できる人」は、「できない人」の気持ちが分からない。これはひとつの真理だと考えている。できるが故に、自分と同じように“できる”と考えている節がある。だから、自分では当然と思うことを人に平気で強要できる。“できない人”は“できる人”に一方的に叱られ、叱る側はますます高圧的になり、叱られる側はますます萎縮していく。

だけれども、たとえ“できない人”がいたとしても企業体は発展しなければならない。そして、企業は大きくなればなるほど、“できる人”だけの力では成長できなくなる。そう、「組織の底上げは「できない人」の“できる化”にかかっている」のだ(101ページ)。

吉田氏は、“できない人”の能力を伸ばすには、自分の能力に自信を付けさせることにあると説く。「できない状態からできる状態に変わるには、本人が持っている力に気づき、それを発揮できるようにしてあげればいいのです。…可能性を信じることは思想ではなく、価値を創造していくための原理だと私は考えています」(198-199ページ)。まさに至言。(自分も含めて)“できない人”の“できる化”を考える毎日。

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April 14, 2010

ちくま新書『貧困化するホワイトカラー』森岡孝二

Pwhサラリーマン/サラリーウーマンが読んだら戦慄まちがいなしの本。マルクスはかつて、資本主義社会の必然的帰結として資本家に搾取される労働者の“窮乏化”は免れないと語っていた。経済的成長と中流階級の増大とともにに、そんな「窮乏化理論」は誤りであるとされたが、ここにきてこのことば、妙に真に迫ってくる。

「ホワイトカラーを脅かしているのはオフショア(海外委託)だけではない。おそらくすべてのホワイトカラーにとって最も大きなストレスとなっているのはレイオフであろう。…今日では、(かつては「一時解雇」を意味していたにすぎなかった)レイオフは永久解雇と化した。いったん人員削減の対象になったらそれっきりで、…元の会社で働く可能性はなくなった」(62-63ページ)。だれもが思っていることを端的に言うものだ。

自分の周囲でもよく聞く話だが、とくに硬直化した人事制度の中で身動きの取れない中堅社員は苦悩が多い。いまの超氷河期新卒は輪をかけてたいへんだろうが、新卒社員と大きく異なるのは、中堅社員の多くは家庭をもっているということ。彼らは子どももまだ幼く、パートナーも現場復帰には至っていないことも多い。いっぽう婚期を逃した連中は、不安定な将来を考えると結婚すら考えられなくなる。かくして少子化は必然的な帰結となる。レイオフにおびえながら働き、新しい職場を探すのも困難となると、改革の意欲にも乏しく“もの言えぬ社員”となっていくのも当然だ。

仕事を自己実現の手段と割り切って給料度外視で働いても、予算を達成できねばその先にはレイオフが待っている。森川氏はホワイトカラーのユニオン(労働結社)化を主張するが、、、なかなかそういう活動にプロジェしていくことは容易ではない。なぜなら、理論的思考を重視するホワイトカラーは自己の行動原理を理屈づけて納得させてしまうから。

ところで、湯川鶴章さんが今後のメディアの展望について「従業員の半分がクビを切られ、残った半分も給与が半減する。そんなイメージだ」と語っていたが、自分は給料が半減してもいいので、半分の生き残りにはなる」という目標を掲げている。月収20万円で生きていくライフプランをいまのうちから立てねば。

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April 13, 2010

333ESR

Imgk7598ヤフオクで安く買ったソニーのプリメインアンプ「TA-F333ESR」。20年以上前の年代物。20kgを超える重量は、今ではちょっと考えられない。ちなみに現行品の同価格帯「TA-F501」の重量は5kgにも満たない。

さすがに最新機に及ぶべくもないとは思うが、10年前のローエンドアンプと比べると音質はまさに別物。音の解像感だけでなく低音のキックやクリアな高音は、スピーカーを変えたくらいのインパクトがある。

当時はまさにバブル期、物量の限りを尽くして投入されたものであるというのはカタログなどを見ているとよく分かる。CDが登場したばかりで、7-10万円代の中級機が飛ぶように売れていた時代だ。ただし、消費電力もバブル級。

自分の聴き方はもっぱらSource Directなのだが、当時はこれでもかというツマミの数(=設定の幅)が性能の証だったんだろう。

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April 12, 2010

コイン洗車のよくある光景

Imgk76001仕事机や自分の部屋が汚れていてもいっこうに気にしないのに、クルマが汚いと妙にイライラする。…てなわけで、(ほぼ)週に1回の洗車を欠かさないでいる。実家に帰ってからは青空駐車になり、洗車してもすぐ汚れてしまうので、あまり洗車欲は沸かなかったのだが、引っ越して屋根付き駐車場にしてからというもの、つねに洗車のタイミングを伺うようになった。

基本はもちろんコイン洗車。スカイラインに乗っていた頃は、機械洗車+フクピカで十分だったのだが、Pandaになってからは機械洗車だとワイパーやらアンテナやらがブラシのせいでひん曲がったり脱落してしまうおそれがあるのと、ボディの面が比較的入り組んでいることもあり、細かいところに水アカがたまりやすいので、手洗いしたほうが手っ取り早い。

購入時に施工してもらったボディコーティングの効果が残っていた頃は、水洗いの拭き上げで十分ピカピカだったが、もはやその効果がなくなってしまったので、今は水+洗剤。相場は500円から800円くらいかな。拭き上げ後に、ボディを液体系ワックスで仕上げ、樹脂部分は専用のツヤ出し保護剤でフィニッシュ。ボディそのものが小さいので、念の入れようにもよるが30分ちょっとで全部済ませられる。

クルマ離れが進んでいるとはいえ、休日のコイン洗車場はクルマ好きのアンチャンから家族連れで賑わう。大別するとミニバン系(エスティマ、オデッセイ)、走り屋系(インプレッサ、GT-R、レガシィ)でそれぞれ3割、輸入車系(A4、3シリーズ)が2割、その他(軽自動車とか)で2割といったところか。A4とか3シリーズはよく見るが、なぜかMINIとかビートルとかプジョーあたりのユーロコンパクトはほとんど見ない。ユーザー層からしてもいても良さそうなもんだが。

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April 11, 2010

初マクロ

Imgp6197TAMRONのマクロレンズ「SP AF 90mm F/2.8 Di MACRO 1:1(Model 272E)」を購入。レンズを買うのは半年ぶり。初めてのマクロレンズ、そして初めてのTAMRON。

以前、次に買うとしたらこのレンズかPENTAXのD FA100mm マクロかという話をしたけど、価格と評判でTAMRONを選択。実は最近発売されたD FA 100mm WRのレンズ本体と描写の質感がすごく良くて魅力的だったんだけど、あちらは5万円オーバー。使うシーンが限られる望遠系単焦点にその額は出せない…。

さいきんは静か(超音波モーター)で明るい望遠ズームレンズが欲しくて、思いっきり奮発して(てかローンを組んで)SIGMAの70-200mm F2.8かPENTAX DA★50-150mm F2.8とかも考えたが、来月車検を控えている身としては、そんな大金を出すわけにも行かず。秋にはK-7後継機も買いたいし…。

Imgk7472で、この90mmマクロだが、レンズ本体はプラスチッキーで、金色のラインもちょっと安っぽい…。超音波モーターではないのでフォーカス音もやかましい。ただ問題はこれくらい。まだちょい撮りしかしていないので、その実力を十分に確かめたわけではないが、単焦点ならではのシャープさに加えて、90mmの望遠レンズで30cmまで寄れるワーキングディスタンスがもたらす世界は新鮮だ。ミニチュアもここまで寄って撮ると妙にリアルに迫ってくる。

また、PENTAXのFA35mm/FA50mmあたりと比べると発色が鮮やかめで、なるほど草花を撮るユーザーに評価されるのもわかる。ただ、これだけの望遠レンズだと手持ち・開放絞りでピントを合わせるのは至難の業だ。

さてこう見ると、半年に1本くらいのペースで買ってくるうちにレンズもだいぶ増えてきた。どのレンズも比較的満遍なく使っているとは思うが、使用頻度が低いのはSIGMAの70-300mmかな。初デジイチのK100Dを買った際にSIGMAの17-70mmとほぼ同時に買ったのだが、使うとなるとモーターショーのプレスカンファレンスで人物やクルマを遠くから撮るときくらい。まあ1万円ちょっとの激安レンズなので、売る気も捨てる気もないが。

90mmマクロの導入でFA50mmの出番は減るだろうが、F1.4の明るさとこのコンパクトさは捨てがたい…。

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April 10, 2010

角川one21新書『情報病』三浦展・原田曜平

Sickofinformation「アクロス」元編集長の三浦氏と、私と同い年の社会学者原田氏との対談。本編ではこれにいわゆる“草食系”の現役学生「草男」くんと、「鉄子」さんが加わる。

三浦氏の『下流社会』(光文社文庫)の書評は5年ちかく前(もうそんなに経ったのか!)に書いたが、本書を読んで、その観察眼には改めて感服。

展開としては、草男君の恋愛観・消費観をダシに、三浦氏と原田氏が分析を加えていくというもの。両者とも自身の若者時代経験を重ねつつも、現代の若者のマインドセットを読み解いている。半分若者気分の自分としては、妙に若者の気持ちに同調できるところも一部にある一方で、50過ぎの三浦氏の意見にも納得できる部分もあったり。いくつか気になった部分を引用。長いですがご容赦を。

三浦 昔は草食の男性をムチでたたいて肉食にしていただけだと思うんですよ。…結婚したから、子どもができたから、もっと働けとか。好きな仕事は二割しかするなとか。そういうことをいう上司がいるから結婚も子供をつくるのも嫌になる若者が増えて少子化したんだと思うよ。(74ページ)

原田 進化の過程を知っている、って重要だよね。昔の方が良かったとか、今は本当に便利になったとか。懐かしみにしてもありがたさにしても感じるもんね。
三浦 すべてのモノの進化の過程を知っていて、そこで選べるのが豊かさじゃない?(105ページ)

原田 ラカンの言う「汝の欲望を諦めるな」ですよね、まさに。他人の欲望が情報として入ってきすぎちゃうから、結果、自分の欲望が育たない。(124ページ)

原田 私はお茶に凝っているとか、人とちょっと違うものとか難しい本をとにかく私は好きだから読むとかって奴もいなくなるか、少なくなるだろうね。
草男 いるんですけど、あんまり言わない。…僕そういうのにメッチャはまってて本当はこうだよとか言ったらKYなんですよ。…だからそういう詳しい奴も空気読んで、一般レベルに合わせるんですよ。(140ページ)


若者一般のコミュニケーションスキルは低下しているのではなく、むしろ求められる基準が上昇している、だから低いスキルの持ち主が「空気が読めない奴」と言われる危険にさらされるのであろう。…だから、たしかに、景気が悪く、バイトも少ない、お金がないから若者は消費しないのだという経済学的な解釈も間違いではないが、それだけではないのだ。現代の若者は、物を消費するのではなく、人間関係の消費に時間とお金を費やしている。しかもその人間関係が情報化されて増幅している。増幅した人間関係を維持するために必要以上に時間とお金の負担がかかるのだ。周りの人間の空気を読みすぎて大胆な消費をしない面もある。いわば「空気」を消費しているのである。空気を消費しているのだから、消費が見えないのは当然であろう。(「あとがき」236ページ)

いまの若者たちの振る舞いは、三浦・原田両氏から見ればタイトルを見るように「病理」なのだろう。こういうラベリングからして超一流大学出身のエリートという出自を持つ両者の“上から目線”がじゃっかん気になった。

あるいは、正確に言えば情報“病”というよりは情報“依存症”なのだろうと思う。抜け出したくても抜け出せないあたりはまさに“依存症”だ。でも、数年はきっとこれが当たり前のものとして意識されていると思う。時代の流れを押しとどめることはできない。

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April 09, 2010

Japan Jam

Japan Jam@富士スピードウェイ。ロッキン・オン主催フェス乱発の背景には、出版不況にも関わらず成長(=売上増)を強いられたがゆえ、という事情を勘ぐってしまう。もっともその姿勢は否定されるものではない。

ただ、少なくともメンツで動員が決まる国内フェスで、コンセプト先行のイベントが成功できる見込みは薄い。予告ありきのセッションでサプライズもなさそうだし、それでオリジナル曲を演奏する時間を削られてしまってはファンとしても残念だろう。

この手のイベントは、ロケーションと出演アーティストで“だいたいこんな感じなんだろうな”というリアリティが得られるものだが、Japan Jamについてはどうもいまひとつピンと来ない。サイトを見ていてもアーティスト同士のコラボがありますと言えば、オリジナルの曲もやる時間も十分確保しています、みたいなどっちつかずのコメントが出ていたりしているし。まっとうなロック系アーティストばかりで敢えてジャム系アーティスト(ベタなところでいうとスペアザとかダチャンボとかROVOとか)を入れていないのは主催社のこだわりとは思うが、それがまたイベントのタイトルとの齟齬感を助長している。

多くの人が期待するような"Jam"をテーマにするなら、海外アーティストとダンス系テントは必須と思える。フジにも朝霧にも来なかったPhishを呼びます!と言い切れるほどに。キャンプできないイベントに2日間もいらない。もっとコンパクトな会場とスケジュールで1日限りのイベントにするとか。

というわけで、いつもはコンセプトもパッケージも周到に用意して完成物をオーディエンスに提示してくれる完璧主義のロッキン・オン主催イベントとしては、Japan Jamは妙に粗さというか雑な印象が目立っているような気がする。チケ代が1万切れば本気で考えるけど…。現状では厳しいですな。文句ばかりでごめんなさい。

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April 08, 2010

PHPビジネス新書『[改訂版] ローコスト・オペレーション』高橋修一

456977394xタイトル通り、いかにコストを節減して業務の効率化を図るかがテーマ。これは自分の仕事にとっても最重要の課題でもある。

ただ、読んで思ったのだが、この本は基本的に経営層すくなくとも管理職以上の役職を持つ人を対象にしているようだ。人材採用とか営業管理とか企業風土とか、企業体で見るとマクロな話が大部分を占めていて、自分のように現場でどうローコスト・オペレーションを“実践”していくかを課題とする人にとってはあまり参考ににはならないのではないか。

また筆者は繰り返し「工程表」の重要性を説くが、その工程表の中身には触れられずじまい。工程表と言ってもさまざまあって、建設現場や工場で利用されているものがすぐに思い浮かぶが、それを営業ツールとしてどう利用するのか。セールスフォースのようなCRMと結びついた営業系ITツールとどう違うのか、あるいは一緒なのか。サンプルみたいなのも用意してくれれば読者も分かりやすいはずなのに。

後半はさらに退屈。途中からは筆者の企業再生成功譚みたいな話になったり、「成果主義の導入」とか「プロセスの改善」とか「アウトソーシングと内製化」とか、いまさらな話ばかり。本書に感化されて「さっそく実行しよう!」とか思い立つ経営者なんているのだろうか。改訂版とはいえ、こんな内容の本が2010年に発行されていること自体に驚き。

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April 07, 2010

脱退のL

オアシスのお兄さんの方が脱退宣言をしてからもう半年近く経った。Vフェスなどを体調不良を理由にキャンセルしたそうだし、気分屋のリアムに愛想が尽きた、ということだろうか。

兄弟間のごたごたは15年続いてきた話。とはいうものの、ノエルは重要なソングライターだけれども、元Rideのアンディや元Heavy Stereoのゲムも超一流のソングライター。かつてRideに熱心に入れ込んだ自分としては、いままでは黒子だった彼らがいよいよ表舞台に立つときがきた、というポジティブに考えたりもしている。

仲直りして元の鞘に収まってくれるのがいちばんだけど。

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April 06, 2010

ちくま新書『社会思想史を学ぶ』山脇直司

41yhsbtgdrl_ss500_たまには書評。

うーむ。読後の率直な印象としては、語り口はソフトだが中身はかなり難しい。自分の読み方のクセだが、まず筆者の立脚点がハッキリしない。ポストモダンに始まり、ネオコン、進歩史観、市民社会論と、時系列も思想的系譜もあまり関連なく「立場」によって批判する印象を受けた。進化論を論じているうちにいつのまにか宗教論の話になったりと、筆者の頭の中ではつながっているのだろうが、こちらの頭としては関連性がクリアに見えてこない。タイトルに「社会思想“史”」とは言っているのだから、最低限時系列で追う構成にしたほうが分かりいいと思うし、そうでなければ各章で論じる主題をもうちょっと丁寧に説明してほしかった。

本書の真意は終わりのほうにようやく見えてくる。「一方で進歩史観的な思想史理解から脱却し、他方で相対主義的な類型論に陥らないような思想研究はどのように可能でしょうか」(182ページ)という一文に端的に表れている。これまでの批判がこの伏線?であったことにようやくきづいた。筆者はこの営為を「解釈学的比較思想」とよぶ。

この場合、分析者は史料を単に内在的に理解するのみならず、現代世界の多元的な文化的・思想的状況を踏まえた上で対象に投企(プロジェ)していかねばならない。マルクス/ヘーゲル的な「進歩史観」は近代ヨーロッパ的な価値を普遍として扱うがゆえに筆者の構想からは排除される。「ヘーゲル・マルクス主義的な進歩史観」という片付け方に異論をもつ人は少なくないだろう。

また、近現代日本のオピニオンリーダーたりえた福沢諭吉・南原繁・丸山眞男はいずれも「「国民一人ひとりが自立しながら作り出す立憲国家」こそが日本のあるべき姿と考える点では一致していた」(134ページ)のであり、その意味で「リベラルなナショナリスト」であったという。丸山について言えば、第二次大戦の敗戦の結果責任の取り方として「天皇の退位」を勧めていたし、「共和制」ではなく「立憲国家」を理想としていたとははなはだ疑問。この点について言わせると長くなるので省略。

個人的にはディルタイやリクール、そして井筒といった馴染みの薄かった思想の一端を知り得たことはありがたかった。

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