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April 06, 2010

ちくま新書『社会思想史を学ぶ』山脇直司

41yhsbtgdrl_ss500_たまには書評。

うーむ。読後の率直な印象としては、語り口はソフトだが中身はかなり難しい。自分の読み方のクセだが、まず筆者の立脚点がハッキリしない。ポストモダンに始まり、ネオコン、進歩史観、市民社会論と、時系列も思想的系譜もあまり関連なく「立場」によって批判する印象を受けた。進化論を論じているうちにいつのまにか宗教論の話になったりと、筆者の頭の中ではつながっているのだろうが、こちらの頭としては関連性がクリアに見えてこない。タイトルに「社会思想“史”」とは言っているのだから、最低限時系列で追う構成にしたほうが分かりいいと思うし、そうでなければ各章で論じる主題をもうちょっと丁寧に説明してほしかった。

本書の真意は終わりのほうにようやく見えてくる。「一方で進歩史観的な思想史理解から脱却し、他方で相対主義的な類型論に陥らないような思想研究はどのように可能でしょうか」(182ページ)という一文に端的に表れている。これまでの批判がこの伏線?であったことにようやくきづいた。筆者はこの営為を「解釈学的比較思想」とよぶ。

この場合、分析者は史料を単に内在的に理解するのみならず、現代世界の多元的な文化的・思想的状況を踏まえた上で対象に投企(プロジェ)していかねばならない。マルクス/ヘーゲル的な「進歩史観」は近代ヨーロッパ的な価値を普遍として扱うがゆえに筆者の構想からは排除される。「ヘーゲル・マルクス主義的な進歩史観」という片付け方に異論をもつ人は少なくないだろう。

また、近現代日本のオピニオンリーダーたりえた福沢諭吉・南原繁・丸山眞男はいずれも「「国民一人ひとりが自立しながら作り出す立憲国家」こそが日本のあるべき姿と考える点では一致していた」(134ページ)のであり、その意味で「リベラルなナショナリスト」であったという。丸山について言えば、第二次大戦の敗戦の結果責任の取り方として「天皇の退位」を勧めていたし、「共和制」ではなく「立憲国家」を理想としていたとははなはだ疑問。この点について言わせると長くなるので省略。

個人的にはディルタイやリクール、そして井筒といった馴染みの薄かった思想の一端を知り得たことはありがたかった。

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