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May 30, 2010

『聖家族〜大和路』

久しぶりの映画評。秋原正俊監督の『聖家族〜大和路』を新宿三丁目のケイズシネマで見た。原作は堀辰雄。開高健や武田泰淳と並んで、彼の飄々とした世界観はものすごく好きだった。

本当は安藤モモ子の『カケラ』が目当てだったが、レイトショーということで平日でも見られそうだったので、こちらを優先することに。

この映画、某映画レビューサイトでは5点満点中1点台の酷評ぶり。キャスト的にも、シチュエーション的にも悪くなさそうなのに、なんでこんなに評点が低いのだろう。それを確かめるため、ということもあった。

主人公役の片桐仁のたたずまいは、画家としての雰囲気があって悪くない。が、喋らせると大根。ときおり放つ文学的修辞がちょっと白々しい。

画家として偉大な師を持つ弟子の苦悩は、たしかに伝わってくる。けれども、ちっとも絵が描けないのに女だけは寄ってくるという不思議は何だ。途中で出てきた女漫画家の山下、師の忘れ形見でもある絹子、突然現れるダンサー役の神崎。特に山下は、中途半端で登場してくる意味が希薄。神崎はデートの約束をすっぽぬかして途中で姿を消す。で、残った絹子と結ばれるかというと、そういう雰囲気を漂わせるだけで、いつのまにかエンディング。

75分という短い尺にいろんなドラマを詰めこもうとした結果、物語として消化不良に陥ってしまった印象がある。映画館の回転率を考慮した結果の尺設定なのかも知れないが、見る人に納得させるだけの内容として見せるには、少なくとも前後譚をしっかり説明するべき。そう考えると90分以上の尺は必要だろう。これでは堀辰雄も浮かばれない。演出やカメラワークなどほかにもいろいろ突っ込みどころはたくさんあるけれど、これくらいにしておこう。

監督である秋原氏の日本文学への傾倒と、伝統的な日本文化にたいする憧憬の念は十分に理解できた。その熱意をもっと洗練させたカタチで映像に昇華させてほしい。作品のテイストは全く別だがこの前見た河瀬直美との力量の差が出すぎてて、ちょっといたたまれなくなった。

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