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May 15, 2010

大澤真幸『不可能性の時代』(岩波新書)

Imgk08641見田宗介の衣鉢を継ぐ気鋭の社会学者。といっても今ではかなりのベテランだけど。

本書は、とにかく切れ味鋭い同時代分析論。近代哲学から直近の国内の社会学文献までを猟渉し批判的に受容する柔軟さと見識の深さには頭が下がるばかり。

優れて理論的でありながら大上段に構えている風でもなく、感覚的にも同意できる俗っぽさを備えているも見田ゆずりだ。

「すなわち、現代の現実を秩序づけている反現実は、」直接には見えていない「不可能性」である。「理想→虚構→不可能性」という順で、基準的な反現実の反現実性の度合いは、さらに高まっているのである。われわれが今、その入り口にいる時代は、「不可能性の時代」と呼ぶのが適切だ」(166-167)

「<不可能性>とは、<他者>のことではないか。人は、<他者>を求めている。と同時に、<他者>と関係することができず、<他者>を恐れてもいる。求められていると同時に、忌避もされているこの<他者>こそ、<不可能性>の本体ではないだろうか」(192)

他人とは関係を持ちたいが、持ちなくない。近づきたくないけど近づきたい。どんなに親しい仲であろうとも、アナタはワタシではない。ワタシはアナタのことを100%分かることはないだろうし、同様にアナタはワタシのことを100%分かることは決してないだろう。そんなことは当然だ。むしろ、その考え方の違いを見つける“発見”の歓びを尊重すべきなのだろうと思う。

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