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June 15, 2010

雑誌解説・今月の『Gainer』(2010July)

Imgp62561発売日当日の購入が欠かせなくなった『Gainer』。今月のお題は、「夏に勝つ!」。

ジメジメしてて、やたらと暑い日本の夏。この季節、多感な30代男性にとっての天敵は「臭い」。てなわけで、表紙には日本で最も臭わなさそうな、あるいは臭いではなく“薫り”が漂っていそうな男性であるキムタクが表紙。

Imgp62571焦点を絞って解説。個人的にグッと来たのは、やっぱりその“臭い”特集。具体的には、「体が臭い!」「足が臭い!」「脇が臭い!」「頭が臭い!」しまいにゃ「股が臭い!」と臭いのオンパレード。えーっと、僕の股間ってそんなに臭いますか…、と自分の存在を全否定されているような気分になるほどのスメル強調っぷりには鳥肌が立つ。

Imgp62591てか、股は臭いのがふつうだし、股が臭くない奴なんてまずいなし、オトコなんて股が臭くてナンボでしょ。なんなら嗅がせてあげましょうか、え? …と開き直る度胸を持ち合わせていない自分にとって、特集トビラの女性モデルの最悪な顔(「くっさぁ〜い」:左写真)は悔い改めようとする動機を与えるのに十分。この号を見るたびに本気で消臭ボクサー買いそう。Gainerianでも臭いだけはGainしちゃあかんね。ああ、もうGainer様々です…。

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June 11, 2010

奥村宏『経済学は死んだのか』(平凡社新書)

Imgk42762010年4月刊。著者は、今年80歳にならんとする経済学者だ。

表題の問いかけに対する筆者からの結論は、まさに「経済学は死んだ」。だからこそ、経済学は再生の道を辿ることができる、とパラドキシカルな主張を繰り返す。

日本社会の“現実”を見ることもなく、単なる輸入学問に成り下がってしまった日本の経済学を憂う筆者は、“実学”への転換を主張する。マルクスとケインズの研究を手がかりにしながら、いまこそ両者の例にならい「現実を分析する経済学」への脱皮を強く訴える。(筆者の視点から見て)理論分析に終始したという都留重人や宇野弘蔵は筆者の要求水準には達し得ていない。

「現実に対する関心を失った時、経済学は死ぬ。経済学が経済に関する学問であるためには、経済学者は絶えず現実に起こっている経済問題に取り組み、そこから理論を作り出していくことが必要である」(72)。

「マルクスやケインズがそうしたように、経済の現実について自分で調査、研究するなかで、そこから新しい理論を作り出していくことが必要である」(85)。そして、経済学者には(マルクスやケインズがそうだったように)ジャーナリスト的な感覚を涵養しておくべきと説く。

筆者の言わんとしている経済“文献”学への批判は素人の自分でもある程度は理解できる。経済学に限らず、今も昔も欧米の著名学者の文献翻訳が日本のアカデミズムで地位を得るための最短距離であるというのは紛れもない事実だから。

ただし、マクロ経済学の発展によって膨大な実証データが蓄積された現代においては、マルクスやケインズが打ち立てたようなグランドセオリーの実証的構築はとうてい無理な話に感じる。いわゆる一次(RAW)データと参照させて実証的な効力を持ちえるかは、はなはだ疑問といわざるを得ない。データ検証のマクロ化にともなってひとりひとりの研究者が扱える範疇は狭まってしまっているから。

決定的なのは、“現実を分析せよ、そして問題解決を志向せよ”という威勢のいい文句とは裏腹に、本書には肝心の“現実分析のための方法”が示されていないことだ。本書にあるようにスクラップブックを作って年中新聞を切り抜いていれば現実を分析したことになるのだろうか。

改めて、本書の展開を整理しよう。

(1)経済学は現実を分析し問題解決を志向する学問である
(2)経済学にはジャーナリスト感覚が必要だが、日本では特に文献学に終始している
(3)いっぽう、ジャーナリズムも、記者クラブ制度と大新聞の台頭、企業との癒着を助長する広報部体制のせいで堕落しきっている
(4)したがってジャーナリズムの改革が必要
(5)記者クラブ制度を廃止せよ、少部数発行の新聞社を増やすべき

少部数発行(本書では10万部程度を示される)の新聞社を考えるとき、マネタイズの方法はどうするのか? 発行部数至上主義の日本において少部数発行の新聞が広告収入を見込めるのか? いまの新聞社にとって最大の重荷になっている印刷と販売流通網へのコストはどう削減する? 河内孝が『新聞社—破綻したビジネスモデル』(新潮新書)で指摘したように、具体的なビジネスモデルを提示せねば、批判に説得力を持たせることはできない。

それは経済学ではなく経営学の範疇だろうという逃げの文句は通じない。立ち入った議論をせずに問題提起をしているだけでは、課題の解決にはほど遠い。個人的には、最晩年に至るまで現実の政治活動にコミットし続けた都留重人の方が何倍も“現実的感覚”に優れていたように思う。

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