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August 19, 2010

荒岱介『新左翼とは何だったのか』幻冬舎新書

Ssyちょっと書評するのが多少ためらわれる本ではあるが。新左翼の元闘士という著者による回顧本。新左翼の運動の特質と問題点を分かりやすく書ききっている。

本書で説明されている新左翼発祥の背景を説明すると、新左翼はもともと本来のマルクス・レーニン主義(原典)から逸脱したスターリン主義=共産党に対する“アンチ”として生まれた原典回帰としての大衆社会運動であるとする。

「新左翼に即していえば、トロツキーも含めた原点に戻り、理論戦線においても本来のマルクス・レーニン主義を取り戻すべきだ、またその実践をおこなうべきだというピュアな問題意識に即したものといえるのですが、その裏腹として、とんでもない自己絶対化と尊大化、差別意識を生み出すことにも直結してしまいます」(69)

「ベーシックに返れという新左翼の問題意識は、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロツキーなどの原典を守れという、教条主義と表裏一体のものとして新左翼を成立させています。…この結果、新左翼の教義問答は、宗教の教義問答と同じになる宿命を孕むことになります。マルクスはこう言っている、レーニンはこう言っていると、経典化された文献からの引用で自分の主張を飾るのは新左翼の特徴であり、トロツキストはじつはトロツキー教徒なのです。つまり「新」は「守旧」でもあるパラドックスのもとに成立することになってしまいます」(70)

あくまでも世間でオーソライズされている日本共産党に対する“アンチ”を前提として存在できているわけだから、当の共産党の勢力が衰えればともに衰退せざるを得ないということになる。原典を大切にする気持ちは分かるし、(理解し切れていないとはいえ)『資本論』をはじめとするマルクスらの労作の学問的価値が優れているということは分かるが、一般の人びとにとっては敷居があまりにも高いし、正直言ってそれらを科学と言い切る輩にたいする胡散臭さも禁じ得ない。

とにもかくにもマルクスの考えは強力な吸引力をもつだけに、その魅力に取り付かれた者に対して他の思想を受け入れさせないほどの“魔力”があるというのは理解できる。でもその理解はともすると教義の押しつけにつながる側面があるというのは著者の言うとおりだ。かつて自分の通っていた大学の学生ホールは某新左翼団体の輩で埋め尽くされていたが、“粉砕”・“闘争”・“反対”の文字が躍る主張が意味するところはよく分からなかった。彼らはおそらくマルクス/レーニン以外は読んでいないのだろう。読むとしても、立場で判断して批判を前提としているあたりがどうにも救われない。

一気に戦局が覆るゲーム・チェンジはもはやあり得ない。小局面での陣地戦を積み重ねていく以外には大局を握る勢力にはなり得ないのだから。そういう姿勢に対しては、援助を惜しまないつもりではいる。

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